人とブランドをつなげる 顧客体験の創り手たち Vol.11 | 奥谷孝司さん【後半】

公開 2026年2月17日/更新 2026年2月17日/10 分で確認

人とブランドをつなげる 顧客体験の創り手たち Vol.11 | 奥谷孝司さん【後半】
作成者
Team Braze

この記事は人とブランドの“つながり”をつくる、挑戦者たちの物語 株式会社顧客時間で共同CEO/取締役を務める 奥谷孝司さんのインタビュー【後半】です。

顧客に「考えさせる」コミュニケーション

――前回は意味ある消費で顧客体験をLTV化するため、データドリブンな施策が必要とうかがいました。扱うデータについて奥谷さんは海外事例もウォッチしていますね。

奥谷 購買データだけでなく、注目されているのはゼロパーティーデータ、ファーストパーティーデータで、顧客それぞれのインサイトを把握し、解像度を上げる取り組みが行われています。イギリスのランニングシューズメーカーが最初に聞くのは「あなたはどういうランナーですか?」。フルマラソンに挑戦したいランナーと、健康のために週1回数キロ走るランナーでは求める機能が異なります。そこで終わらないのがポイントで「これまで膝や足首にケガをしたことはありませんか?」「あなたは内股ですか? O脚ですか?」など、よりパーソナライズしたコミュニケーションができる質問を重ねていきます。答えてもらうことでメーカーはお客さんのインサイトが把握できるし、お客さんは、シューズのカスタマイズを自分事化しながら、ここで購入する意味を見つけられます。

――デジタル化はすぐ効率化と結びつけがちですが、こうした手間をかけた施策を行うことが差別化につながると。

奥谷 お客さんに考えさせて自分事化してもらえば、課題やインサイトを引き出しやすくなると思います。ただ「面倒くさい」と思われるとそこでスタックするので、例えばクイズのようなゲーミフィケーションの要素が、特に検討段階では意味を持ちます。購入してもらったら、シューズの履き心地はどうか、フルマラソン派なら成績はどうかなど、次のシューズも購入につなげるコミュニケーションが可能になるはずです。企業目線では、自社のサービスや商品を正当化するような方向へと誘導しがちですが、そうではなく、顧客自身に考えさせる質問によってインサイトを把握することに、海外のマーケターは取り組んでいます。

つながり続ける価値を、どうお客さんに感じてもらうか

――意味ある消費を戦略的にデザインしているわけですね。そこに特別感を上乗せしていくとロイヤルティプログラムに至る印象を受けます。

奥谷 顧客体験向上のためにロイヤルティプログラムを設ける企業はたくさんありますが、自戒の意味も込めて、ディスカウントコマースから抜け出せないものが多いと感じます。海外ではゼロパーティーデータを軸にロイヤルティプログラムを構築する事例があり、ここからヒントが得られるのではないでしょうか。化粧品ショップの「Sephora(セフォラ)」では、購入すればポイントがついてサンプルをもらえます。ただ、有名ブランドやプライベートブランドのサンプルを無作為に配るのではなく、一人ひとりに意味を感じてもらえるよう設計されているところがポイント。プログラムの最初で肌診断を行い、また関心事をヒアリングした上で、その人の肌や興味に合ったサンプルを渡すわけです。

暗い色のスウェットシャツを着た男性がテーブルに腰かけ、ノートパソコンを前にして話しながら身振り手振りで説明している。

――モノありきではなく、あくまでも顧客中心。それぞれの課題や関心をふまえたサンプリングだから、もらったほうはありがたいし信頼感も生まれそうです。

奥谷 例えば「黄色人種、ややドライスキン、アンチエイジングに興味あり」という情報があれば、それに合わせたサンプルをもらえます。もらったほうは「自分のことをわかってくれている」となり、顧客体験を向上させられます。また、店舗にはビューティーアドバイザーが大勢いて、接客のもとになるのも個々の顧客データです。ここでも製品ありきではなく、課題や関心に沿った提案をしてくれるため、お客さんは企業とつながり続ける価値(エンゲージメントバリュー)を感じやすくなるでしょう。

――単に「お得」というだけでなく、顧客が「特別感」を実感できるロイヤルティプログラムが必要というわけですね。

奥谷 ロサンゼルスの高級スーパー「Erewhon Market」は、セレブたちとコラボしたスムージーを30ドルで販売していて、これ自体は話題性を意識したスパイク型マーケティングです。年額100ドルを超えるロイヤルティプログラムに加入すると、毎月、スムーズーが1杯無料になります。ここからがよく考えられているところで、無料でも売上げにはカウントされて、売り上げの一部を、2025年に起こった大規模な山火事からの復興、被災者支援に寄付しています。プログラムの利用者は、セレブの仲間入りした感覚を味わいながら社会貢献もできるという。一種の免罪符的な仕掛けですが、これも特別感を実感できるロイヤルティプログラムです。台湾発祥の「Gong cha(ゴンチャ)」が日本で行っている「U22割」にも注目しています。6歳から22歳までの若者を対象に特別価格で提供するもので、単なる値引きではなく「若いお客さんを大切にする」「学生を応援する」というメッセージが込められています。

場所(Place)を起点にしたマーケティングが求められる

――日本の場合は平等であることが重視され、特定の属性だけを優遇する仕掛けはあまり見られません。

奥谷 そこは考え方次第で、お客さんを差別するととらえればネガティブですが、お得様にもっとよろこんでもらうマーケティングだとすれば、理にかなっているのでは。小売り事業について、私は徹底した「お得意様マーケティング」の時代だと見ています。

――考え方もリセットする必要がありそうですが、以前からあるマーケティングの4Pではなく、奥谷さんは「エンゲージメントの4P」を発信しています。

奥谷 良い商品(Product)をつくり、競争力のある価格(Price)をつけ、発信力のあるコミュニケーション(Promotion)を仕かけ、小売店などの販売チャネル(Place)に送り出す。これがマーケティングの4Pの流れで、プロダクトありきのスキームです。生活者が十分にモノを持っていない状態なら、この考え方で問題はないでしょう。でもモノが溢れ、コモディティティ化しやすい社会では、プロダクトで差別化するのは難しくなっています。お客さんが何を求めているかを知るためには、オンとオフに散在する場所(Place)を起点としたコミュニケーションで顧客理解を深ル必要があります。、つまり場所(Place)はもはや販売チャネル、流通チャネルではなく、顧客体験を提供する場なのです。その場の価値が高い(=つながる価値が高い)と思ってもらい、エンゲージメントバリューにつなげる。そんな流れをつくることができれば、強いビジネスモデルの構築が可能になると思います。

――Place起点の成功事例があれば聞かせてください。

奥谷 1つあげると、登山地図アプリ「YAMAP」です。メインは登山地図機能ですが、ルートを確認するだけでなく、活動日記をシェアしたり、山に関する情報交換したりできるコミュニティもあります。公式オンラインストアで買い物をするときは、実際に使っている人のリアルな意見も参考にでき、「山が好きな誰」かとつながる理由がアプリ内で設計されています。山好きが集まる場所(アプリ)を起点に、顧客体験を高めるいろんな取り組みを行っていて、注目すべき事例だと思います。

黒いシャツを着た笑顔の男性が、開いたノートパソコンを前にテーブルに座っている。

デジタル時代だからこそ「人間に対する興味」が重要

――自身の経験、時代の変化、テクノロジーの進化などを踏まえ、これからの時代の顧客体験づくりに携わる人には、どんな資質が必要でしょうか。

奥谷 テクノロジーが進化し、AIの時代となり「マーケターは不要」といわれることもありますが、きめ細かいコミュニケーションでインサイトを把握するには、言語化できない人の経験、カンやひらめきなどが必要だと私は思います。その上で、これからのマーケターに求められるのは「人間に対する興味」「人をよろこばせたいという思い」です。そうした思いがなく、ただデジタル武装してもあまり意味がないのでは。Brazeのようなデジタルツールの価値は認めますし、私も活用しています。ただ、使いこなすには前述したような思いが必要で、誰の、何を解決して、どんな顧客体験を提供したいのか。仮説の前提となるストーリーがあった上で、仮説を立てて実行、検証のサイクルをスピード感を持ってまわし、精度を高めるためにデジタルツールを活用するのが理想でしょう。

――奥谷さんが日々、心がけていることは何かあるのでしょうか。

奥谷 自分をマーケティングする。これはずっと意識していますね。モノを買う、サービスを利用する。そう判断する過程で、私のなかにある課題や欲求、興味、関心が何かに衝き動かされています。自分が判断した背景を「どうして?」と考えることは、お客さんのインサイトや世の中の流れを読み解くトレーニングにもなります。デジタルマーケティングの時代は、お客さんのインサイトをつかめるマーケターが求められており、それには人間に対する興味が必要。最も身近な人間である自分について考える習慣を持つのは、あまり意識されないでしょうが、とても重要だと思います。

――奥谷さんはSuper Normalでモノづくりと小売の新しい形を示す一方、顧客時間の共同CEOとしてコンサルティングに携わるなど幅広く活動されています。これから成し遂げたいことについて聞かせてください。

奥谷 良品計画やオイシックスでの取り組みは、大きなビジネスの1つのピースとして十分な成果を出せたと思います。これからやりたいのは、自分でつくり、デジタルプラットフォームでお客さんと関係を深め、販売を通じて利益をあげながら、地場産業の支援や地方再生にも貢献できる、ある種のエコシステムづくりです。顧客体験について、ポイントとなるのはやはりAI。製品やサービスの情報だけでなく、提供する側の思い、ビジョンなども含めて学ばせ、育て、お客さんと自然に対話できるAIがカギになると思います。今までの経験を踏まえて取り組み、新しい顧客体験像を提示していきたいですね。

黒と青のシャツを着た笑顔の男性が、オレンジ色の日本の企業ロゴが書かれた白い壁の前に立っている。

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