人とブランドをつなげる 顧客体験の創り手たち Vol.11 | 奥谷孝司さん【前編】

公開 2026年1月23日/更新 2026年1月23日/11 分で確認

人とブランドをつなげる 顧客体験の創り手たち Vol.11 | 奥谷孝司さん【前編】
作成者
Team Braze

人とブランドの“つながり”をつくる、挑戦者たちの物語

Brazeでは、顧客とのエンゲージメントに革新をもたらす人々に独自でインタビューを行い、彼らの挑戦と成果を紹介する「人とブランドをつなげる 顧客体験の創り手たち」をお届けしています。現場での知見や工夫、Brazeの活用方法など、実践的でリアルなストーリーを通じて、マーケティングの未来を考えるヒントを共有していきます。今回は、株式会社顧客時間で共同CEO/取締役を務める 奥谷孝司さんにお話を伺いました。この記事はインタビューの【前編】です。

店舗での接客が顧客体験づくりの原体験

――最初に、顧客体験に関わる仕事に就こうと思ったきっかけ、原体験的なものがあれば聞かせてください。

奥谷 学生の頃は、漠然と広告代理店に入りたいと思っていましたが、就職氷河期でしたし、真面目に就活準備するタイプでもなかったので、キャリアの始まりは人材派遣業の営業になります。ビルの上から下まで、すべての会社に飛び込むと「忙しいんだよ!」と怒鳴られることがあれば、奇跡的に「ちょうど探してたんだ」となることもあって、いろんな意味で鍛えられました。営業で飛び回りながら、自分にとって最も身近でわかりすい業界だと思えたのが小売です。つくって、仕込んで、売る。シンプルですが、やり方によって大きな違いが生まれるところがおもしろく、英語が少し話せたこともあり、海外展開を始めた無印良品に興味を持ち、1997年に良品計画へ転職しました。

腕を組んだ笑顔の男性が、白い壁に描かれたオレンジ色のロゴと日本語の文字の前に立っている。

――良品計画では商品、サービスでヒットを生み出すわけですが、最初から開発、マーケティング志望だったのでしょうか。

奥谷 3年間は店舗勤務でしたが、人材派遣業の営業は当然、自分の足でお客さんを開拓しなければいけないのに、店舗では自動ドアが開くとお客さんのほうからやって来てくれる。これはとってもありがたかったですね。それに「何かお探しですか?」と声をかけ、話すきっかけがつかめれば、ニーズを知ることができるし、こちらの案内や提案で探していたものが見つかれば、よろこんでいただけます。大学でマーケティングを学んだわけではないし、顧客体験という言葉も頭にはありませんでしたが、お客さんの声を聞き、課題を解決してよろこんでもらったことが、私にとっての顧客体験づくりの原体験といえるかもしれません。その後、取引先商社に2年間出向して、商品開発や輸出入の貿易業務を経験し、世界のデザイナーとのコラボレーションを手がけるWorld Muji企画に携わった期間があります。ここでデザインドリブン、コンセプトドリブン的なものづくりを学び、衣服雑貨部へ異動して「足なり直角靴下」を世に送り出すことになります。

「足なり直角靴下」も顧客体験から生まれた

――「足なり直角靴下」の背景にも顧客体験があったのでしょうか。

奥谷 私が異動した時点で、かかとが直角の靴下のアイデア自体はありました。「おもしろい」とピンッと来ましたが、このまま中国で手編みさせたら単価1500円になり、売れるわけない、と放置されていたんですね。アイデアの背景を聞くと、寒い冬、ブーツの中で靴下がズレないように、編み物が得意なチェコのおばあちゃんが、家族のために考案した編み方だと。家族のためとはいえ、見方を変えれば「子どもたち、孫たちに快適に過ごしてもらいたい」という顧客体験から生まれた靴下です。共感してくれる人は必ずいると思い、機械で量産することで単価500円にする計画を立て、上層部を説得し、どうにか商品化を実現しました。「足なり直角靴下」は、無名だけど優れた名品として無印良品らしい定番商品になっていますし、私のキャリアでも大きな成功体験の1つです。

――商品開発を経験した後、2010年からWEB事業部へ異動となります。奥谷さんからの希望だったのかを含め、経緯を教えてください。

奥谷 良品計画は当時残業デーを取り入れていたので、私は夕方からの時間を使ってビジネススクールに通うようにしました。そこで学んだのがマーケティング・サイエンスです。デジタル・マーケティングを進めるには顧客データが欠かせませんが、無印良品にはECの顧客データがある……という話をしていたのが当時の社長の耳に入ったようで、WEB事業部の部長をまかされたという流れです。当時、ECの売上げは全国のどの店舗よりも大きかったのですが、店舗からすると「ECは汗をかかずにラクして数字を稼いでいる」と、反発するところもありました。

あごひげを生やした笑顔の中年アジア人男性が、ノートパソコンを置いたテーブルに座り、手でジェスチャーをしている。

リアルとネットのデータ統合を実現した「ひらめき」

――店舗とECが共存する小売業ではありがちな光景でしょうか。

奥谷 そうともいえます。なので、最初にやったのは、お客さんへのアンケートをもとにマインドチェンジしてもらうことでした。EC利用者の目的として最初に上がるのは「どんな商品があるか知るため」で、カタログ的な情報収集に使われています。ECでの購入目的は3番目でした。つまり、お客さんはオンとオフを自由に行き来していて、どこで購入するかはその時々の状況によって変わります。店舗とECでお客さんを分ける必要はなく、一人ひとりが、自分にとって都合のいい使い方ができるようにしなければいけない。デジタルで店舗とECをつなぐ必要があるという認識を広げ、結果的にオムニチャネル的な仕組みになっていきました。

――その役割を果たすために開発されたのがMUJI Passportですね。

奥谷 ECを利用する人が増えるなかで、私が考えていたのは「どうすればECから店舗へ送客できるか」です。それには顧客情報を一元化しなければいけませんが、ヒントは、他の小売業が行っていたリアル店舗とネットのポイント統合でした。顧客情報の基盤はMUJI Card、つまりクレジットカードにあるものの、カード会社からデータをいただこうとすると数ヶ月かかる、と。時間がかかるのが当たり前の頃でしたが「アプリってやつを使えば自前でできるのでは?」とひらめき、デジタルに詳しい社内外のメンバーを集め、ECと実店舗のIDを統合できるアプリ、MUJI Passportが生まれました。いろんなキャンペーンを行って認知を高め、アプリを起点にお客さんの顧客体験を高めながら、ECも実店舗も売り上げ増につながるオムニチャネルのプラットフォームとして、「O2Oグランプリ」などさまざまな賞をいただくこともできました。

ネットがメインのビジネスモデルで新たな挑戦

――順調にキャリアを築いていたと感じますが、2015年にはオイシックス(現オイシックス・ラ・大地)へ転職されています。どんな思いがあったのでしょうか。

奥谷 店舗がなくても、ネットで野菜が売れるビジネスモデルに可能性を感じたのが大きかったと思います。良品計画という強力な店舗網を持つ会社で、デジタルを使った購買データの可視化、顧客体験づくりを経験しました。それとは真逆の、ネットがメインの会社でオンとオフを融合させた顧客体験づくりを経験すれば、小売の超プロになれるかもしれない、と考えたわけです。最初にやったのはリアル店舗展開の整理でした。スタッフにはネット販売の経験とスキルしかなかったので、戦略を練り直そう、と。卸販売していたスーパーマーケットに協力してもらい、アンケートを取ると「オイシックスの食材はおいしい」という声が多かった。でも「子どもが大きくなったからやめた」「値段がちょっと高いかも」など、具体的な顧客像も浮かんできました。

――その顧客データをもとにオムニチャネルの仕組みをつくった、と。

奥谷 いや、ビジネスモデルの特性上、MUJI Passportのような完璧なオムニチャネルをつくるのは難しいし、現実的な話として予算も限られていました。そんななかで、どうすればオンとオフをつなぐオムニチャネル的な取り組みができるかを考え、いろんな施策を行っています。サンリオの「ぐでたま」とのコラボキャンペーンや、漫画「宇宙兄弟」とコラボしたミールキットを発売したり、「クレヨンしんちゃん」とコラボして春日部駅で交通広告をやったり。そうした取り組みをお客さんにSNSで拡散してもらい、オイシックスだからできるオンとオフの融合、その先にある顧客体験づくりを考えていました。

あごひげを生やした東アジア系の男性が話しながら身振り手振りをし、目の前のテーブルにはノートパソコンが置かれている。

「意味のある消費」が顧客体験のベースになる

――顧客体験の最前線で経験を積む一方、書籍を出版されたり、海外の動向をレポートされたりしてきた奥谷さんから見て「これからの時代の、より良い顧客体験づくりに必要なもの」は何でしょうか。

奥谷 BtoCの小売ということだと、お客さんはオンラインとオフラインを行き来しているという、あたり前のことを前提に顧客体験を考えるべきだと思います。例えばクルマを購入するとき、今はネットであれこれ比較検討して店舗を訪れることを前提にすれば、限られたタッチポイントでいつ、何を、どう伝えるかの考え方は変わるはずです。夫婦の場合、主導しているのは旦那さんに見えても、最終的な決定権は奥さんということも多いので、私なら奥さんを意識したコミュニケーションを取ります。あたり前に聞こえるかもしれませんが、オンとオフの混在は、もっと徹底的に意識するべきです。

――マーケティングの手法についても変化は感じているのでしょうか。

奥谷 顧客体験はLTV化していくと考えていて、スパイク型でおもしろいマーケティングも状況によっては必要ですが、それをメインに据えるのは顧客理解の怠慢ではないでしょうか。データに向き合い、インサイトを意識しながら、一人ひとりのお客さんと長く、良好な関係を築けるかが、これからの顧客体験には欠かせない視点です。キーワードをあげると「意味のある消費」で、海外ではジョブ理論にもとづいた施策も目立ちます。ジョブ理論では、お客さんの課題をどう解決するかを重視し、例えば洗剤を選ぶにしても、お客さんの持つ課題はさまざまです。安さを重視する人がいれば、環境に配慮しているかで選ぶ人、とにかく汚れ落ちがいいものを選ぶ人もいます。単に売れてよかったではなく、買い続けてもらうには、そのお客さんにとって「意味ある消費」でなければいけません。インサイトをつかみ、それぞれのお客さんに最適なコミュニケーションを取ることでそれは可能になります。お客さんはオンラインとオフラインを行き来していることを徹底的に意識する。意味ある消費でLTVにつなげる。この2つをデータドリブンで行うのが、これからの顧客体験には欠かせないポイントだと思います。


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